いいえ、その日は舞台なので。

舞台へ通う金欠庶民の感想ブログ

2021【カメレオンズ・リップ】

f:id:tigira_it:20210524140918j:image

4/3 ソワレ

シアター1010にて

 

<キャスト>

ルーファス:松下洸平

ドナ/エレンデイラ:生駒里奈

ドナの元夫ナイフ:岡本健一

ナイフの現妻ガラ:ファーストサマーウイカ

ドナの友人シャンプー:野口かおる

眼科医モーガン:森 準人

女社長ビビ:シルビア・グラブ

軍人ハッケンブッシュ:坪倉由幸(我が家)

 

観劇から一か月以上も経って感想を書くってどうなんでしょうね?と思いつつ書き始めました。この演目は正直分からないことだらけで分からないことを分からないと言っているだけの感想となります。

途中からがっつりネタバレしていきますので未見の方はご注意ください。

 

 

あらすじ

20世紀初頭あたり、ヨーロッパの古びた山の邸宅。

ドナは息を吸うように嘘をつく女性。反対に弟のルーファスは馬鹿がつくほど正直な青年。ある日ドナは「どこへも行ったりしないわ」と言ったきりどこかへ行ってしまう。

それから8年、死んだとされた姉のドナ。そんなドナと瓜二つの使用人エレンデイラとルーファスは共に暮らしていた。

そこへ訪ねてきた亡き姉の夫ナイフと妻のガラ、医師モーガン、ドナの友人シャンプー、さらに女社長のビビ、軍人のハッケンブッシュ。様々な人々がそれぞれに嘘をつき、騙し合い、事態を混乱させ、破綻してゆく…予測不可能のクライム・コメディ。

 

こんな感じのあらすじです。「クライムコメディ」の意味が分からない人はどうぞそのまま本編を楽しんで頂きたい。

 

 

キャストについて

ドナ/エレンデイラの二役を演じている生駒さんの声が良い。麗らかをそのまま音にしたのかという麗らかさ。まさに鈴が転がるような音でドナ/エレンデイラの両役にぴったりだと思います。

 

松下さん+女性の組み合わせは何故こんなにも合うのか。松下さんの息子力・弟力が高過ぎる。夫役も好きですがやはり年上(設定)の女性に囲まれているのがハチャメチャに似合う。もっと観せてくれ。

 

 

一幕(冒頭)

物語はルーファスの回想から始まります。嘘つきである姉を窘める弟と、そんな弟を大馬鹿正直(略して大馬鹿)と揶揄する姉。喧嘩している風ではあるものの奔放な姉に振り回される弟という雰囲気で微笑ましくもある。

「父さんも母さんも旦那も、最初は姉さんを信じてたけど裏切られたんだよ」と言うルーファスに対し、「信じるからよ!信じるからでしょ!私なんかを!」と叫ぶドナは痛々しくて、絶対なんかあるじゃん!この人が嘘つきになった理由が絶対あるじゃん!となります。

 

「もし私が居なくなったとしても平気?」と聞くドナに対し狼狽えるルーファス。

ルーファス「平気じゃないよ!え、なにどっか行くの?」

ドナ「強がってよ少しは。こういう時は強がって嘘言うんでしょ男は!」

ルーファス「寂しいよ…!」

ドナ「寂しくないって言うのよ!」

ルーファス「寂しいのに!?」

 

このやり取りに思わず笑ってしまった。シリアス後の急転直下でコメディ入れてこないでください。

ルーファスは姉に嘘をつくのをやめて欲しいと思っていると同時に姉の嘘で姉の立場が悪くなること、姉に騙された人たちが悲しむことにも心を痛めている印象。けれど姉のことは大好きで、姉が居なくなるかもと聞けばすぐに泣きべそをかく。この姉弟の距離感は大人のそれというより小学生くらいの子供のよう。

 

 

一幕(第一の嘘)

姉が失踪してから8年後。弟のルーファスは「嘘つき」になっている。少しづつ練習を重ね、今では社会心理学者をも騙すことができるようになった。

と言うけれどそんな風には全然見えないし良い人感というか坊ちゃん感が抜けきっておらず普通に心配になる。

 

死んだとされた姉のドナ。そんなドナと瓜二つの使用人エレンデイラとルーファスは暮らしている。二人が何故一緒に暮らすようになったのか現時点では不明。

エレンデイラの部屋から盗品と思わしきバッグを見つけるルーファス。そのバッグは有名な化粧品会社の女社長のもの。バッグの中には浮気の証拠があった。それを使い、女社長をゆするつもりなのだろうとエレンデイラに問うルーファス。お金の無いルーファスはエレンデイラを責めることはせず、自分も一枚噛ませろと言ってくる。二人は協力して女社長からお金を脅し取る作戦に出る。

 

そんな中ドナの元夫ナイフと現妻ガラが訪ねて来る。夫婦なのに兄妹のフリをしていたり、初っ端から道案内をしてくれた眼科医のモーガンに帽子を高値で売りつけていたり、親切を受けるためにドナは盲目なフリをしていたり。この夫婦も嘘つきである。

ドナの墓を建てる為に来たと言う二人だが、ルーファスを騙し屋敷を手に入れようという算段のよう。

 

ガラは盲目のフリをしているけれどその設定を忘れて話すのが地味に面白い。「目が見えなくても鼻が利くので(景色や状況が)分かるんですよ」と誤魔化した直後、帽子をかぶったモーガンに対し「似合ってる」と言ってしまい「似合ってる匂いがプンプンする!」と言い直したり。なんだよ似合ってる匂いって。

 

 

一幕(第二の嘘(ネタバレ))

ルーファス、エレンデイラ VS ナイフ、ガラの構図になるかと思いきや、なんとエレンデイラとナイフ夫妻はグル。

役者である「セルマ(現エレンデイラ)」がドナそっくりに整形し、ルーファスへ近づいたのだという。女社長のバッグもダミーで三人の計画の一部だった。

しかしそんなこととは知らないルーファスは本物の女社長へ電話をかけてしまう。計画が狂った三人は急遽“女社長役”のビビを屋敷へ呼び出す。突然屋敷に女社長が現れたせいでルーファスは慌てる。

今から金をだまし取ろうって相手に自分の名前も顔も住所もバレているのだからそりゃあ慌てますよね。

 

花を供えに来たというドナの友人シャンプーはドナに瓜二つのエレンデイラを見て驚き、森の中へ走って行ってしまう。その後怪我を負った姿で屋敷に戻ってくる。近くに医者が居ないため眼科医のモーガンが治療を行う。

そんな中ガラに脳腫瘍の疑いが浮上する。

 

ナイフはガラへの当たりが強く見えるけれど、このあたりからガラへの愛情がめちゃくちゃ大きいことが分かる。余命宣告をした眼科医モーガンをボコボコにする。

そこへ猟銃を持った軍人、ハッケンブッシュが通りかかり、暴漢と勘違いされた(勘違いでもないけど)ナイフが撃たれる。ついでにシャンプーも撃たれる。

もうてんやわんやである。

倒れたモーガンと撃たれたナイフにシャンプー、猟銃を持ったハッケンブッシュという絵面のせいでハッケンブッシュは殺人犯ということに。そうこうしている内にいつの間にかモーガンの姿が消えてしまう。

 

ハッケンブッシュの持っている銃が猟銃であるせいか銃声がめちゃくちゃ大きくて物凄くビックリします。近年稀に見る耳キーーーンでした。

正直一幕は物凄くコメディしてるなぁという感想で特別興味を引かれるところは無し。幕間で「クライムコメディ」*1の意味を調べ、大いに頷いたのをよく覚えています。

  

 

一幕(終盤)

屋敷を訪問した(偽)女社長をゆするため、浮気の証拠を突き付けようとするルーファスだが、証拠である写真をハッケンブッシュが破ってしまう。いわく写っているのは著名人にそっくりな芸人であると。(ナイフ夫妻側が用意したダミーなので当然写真に写っている人物も偽物)

もう一つの浮気の証拠、手帳も見つからず。ルーファスの計画はぐだぐだになっていく。

 

 

二幕(序盤)

手帳を拾った恩と浮気の証拠を握っているという二点で優位に立とうとしていたルーファスだったがどちらも無くなってしまい、交渉材料が無いのに交渉を続けるという訳の分からないことになっている。

偽女社長のビビは手帳を無くした責任を問い、ルーファスからお金を取ろうとする。が、実は手帳はビビ本人が持っており、完全にカモにされているルーファス(これはビビの単独犯。元は屋敷を奪う計画に乗っていたが勝手に計画を変更している)

 

ガラの体調が悪化したことでナイフは屋敷を奪う計画を中止する。計画から完全に降りたナイフは医者を探しに屋敷を出ていく。

 

ルーファスとエレンデイラの出会いについて明かされる。列車の中でルーファスの金を盗んだことがきっかけらしい。エレンデイラは犯行を車掌に目撃され、犯人として突き出されるも、ルーファスはエレンデイラは自分の妻だと証言し、エレンデイラを庇った。

何故エレンデイラを庇ったのか、何故使用人として一緒に暮らすようになったのかは明言されない。

 

このシーンでルーファスが「妻を泥棒“よわばり”する気きゃ?」 と言うシーンがあるのですが、わざと噛むって逆に難しくないですか?毎公演言ってたら訳が分からなくなりそう。

 

 

二幕(姉の過去(ネタバレ))

ドナは母に虐待を受けていた。雨の中庭を走り回ったというだけで首から下が全部青痣になるほど殴られた。そうなることは分かっていたけど、分かっていて僕たちは雨の中を走り回ったんだと言うルーファス。

このシーンの寂しさと諦め、苦しさと悔しさと、それでも姉との思い出を大切そうに語るルーファスに情緒がぐちゃぐちゃになる。

 

そしてドナは父とその愛人を撃ち殺した。幼い子供が起こした事件ということで大事にはならなかったが周知の事実だった。

ある日幼いルーファスは父が射殺された時の新聞記事を見つけ、姉を問いただす。そこでルーファスは父と愛人を殺したのは姉では無く母であると悟る。母が自分の罪を娘に擦り付けたのだと。その罪を餌に母は弁護士から脅しをうけ、ドナは弁護士の息子(ナイフ)と結婚することになった。

 

と、冒頭からドナの嘘つき癖には何か理由がある筈だと思っていたところにこのような衝撃的な話が出てくれば無条件に信じてしまいそうになりますが、これはカメレオンズ・リップ。どこまでが本当でどこまでが嘘かは分からない。

ドナの過去、虐待・射殺・結婚についての証言はルーファスのものだけなんですよね。

ルーファスがドナを問い詰めた時、ドナは「父を殺した」とも「殺してない」とも言っていない。またナイフとの結婚は無理矢理だったとも言っていない。全てはルーファスの憶測に過ぎない訳です。嘘か誠かは誰にも分からない。

 

 

二幕(第三の嘘(ネタバレ))

行方不明だった眼科医モーガンが暖炉から出てくる(生きてる)

屋敷の地下で2体の死体を発見したとのこと。一方の死体はセルマのものと思われた。セルマが死んでいるとなればエレンデイラは一体誰なのか。そしてもう一体の死体は?

 

ハッケンブッシュによると七年前、川べりで一人の女性が倒れているのが見つかった。彼女は記憶を失っていた。彼女は病院に移され、その後社会復帰をするとみられたが、彼女には重度の虚言癖があり病院から出すわけにはいかないと診断される。

彼女は入院中、毒物を盗み、看護婦や医師を騙して患者の食事や薬に毒を混入させた。そしてつい二ヶ月前、彼女は施設から脱走したという。

 

 

このあたりになると登場人物がバッタバッタと死んでいきます。

ガラはシャンプーの打った流れ玉によって死亡

モーガンはルーファスが射殺

ハッケンブッシュはエレンデイラが射殺

管理人的にルーファスが何の躊躇も無くモーガンを撃ったことが衝撃でした。初見の時はすっかりルーファスのことを信じ切っていたので…。お姉さんの罪を隠すために裏で動くことはあっても自ら手をくだすことは無いと思っていたんです。

 

ハッケンブッシュを射殺するシーン、エレンデイラはハッケンブッシュに「撃って欲しいと言え」と強要します。「撃って欲しい」と言えば撃たないと。そんなことを言ったら本当に撃たれてしまうと抵抗するハッケンブッシュですが、最終的にその言葉を口にして射殺されます。

この押すなよ押すなよみたいなやりとり、ちょっと笑っちゃうんですが実際に劇場で観るとかなり精神が削られるシーンです。実際の殺人シーンみたいな…ね…

 

ハッケンブッシュを殺した後、「雨が降ってきた!」とはしゃいで庭を駆けまわるエレンデイラ。唐突に「この庭でお姉さんと追いかけっこをしたんですか?」とルーファスに話しかける。

この気持ち悪さ伝わりますかね?まるで脈絡が無いんです。まるでついさっきまでしていた話の続きみたいに話し出す。曇りの無い麗らかな声で。

 

「うちにもこんな広い庭があったような気がする。私にも弟がいて、大人しいけれどとても優しい子だった。

毎朝私はハムと卵を焼いて、弟はお茶を入れた。特別なお茶。母が飲むお茶だけは私たちが飲むお茶とは味が違ってた。別のものが入っていたから。

私は嬉しかった。名前も言えないような弟が“こんな大胆なことを”って」

 

ルーファスとエレンデイラは雨の中、子供の様に無邪気に走りまわる。

 

 

ね?分からないでしょ?

ここまで長々と読んでくださった方、ありがとうございました。この演目がどんな演目なのか分かりましたか?管理人は分かりません。

地下にあった死体の一体はセルマだった。そしてもう一体は母親なんでしょうね。ルーファスが母を殺し、地下へ隠した。

姉は弟を愛し、弟も姉を愛していた。一幕ではそんな闇深な話だと思っていなかったので突然のスリルミー展開にビビり散らかしました。松下さん今年もスリルミー出てるじゃん…(出てない)

 

ルーファスはドナの為に母を殺した。地下に死体を隠したからお金が無くとも家を手放すわけにはいかないのは分かります。しかしドナは何故ルーファスの元を去ったのでしょうか。何故記憶喪失になったのか。記憶喪失自体も嘘なのか。嘘ならば何故ルーファスの前でもエレンデイラを演じ続けるのか。

記憶喪失が本当ならば何故ルーファスの元へ帰ってきたのか。病院での大量毒殺は?何故セルマと入れ替わったのか(ナイフ夫妻から弟を守るだけなら他にも手は沢山あっただろうし、記憶が無いないならどこからナイフ夫妻の計画を知ったのか)

ドナはナイフのことを愛していたのか。父を殺したのは誰なのか。

 

謎が残るばかりです。どのようにも辻褄を合わせられる気がするけど、辻褄を合わせない方がこの演目は美しいような気がして、こんな話だったよ!と人に伝えられずにいます。

フォロワーさんが『成河版の人間風車を思い出した』と言っているのを見てそ れ だ !と思いました(管理人は残念ながら劇場では観ていないのですが)

分からない方は世にも奇妙な物語を想像していただくと良いかも知れない。

 

ルーファスはエレンデイラが上手く嘘をつくと喜ぶし「 姉は必ず戻ってくる」「死んでないのに墓なんておかしいだろ」と繰り返し言うのですが、これは姉の記憶が戻ってくる・元の姉に戻る筈だという意味なんでしょうか。ルーファスが嘘つきになったのは姉の記憶を取り戻そうとしてのことなのかも知れない。

でもルーファスも元々超ド級の嘘つきですよね。母を騙し、毒を飲ませ、殺し、隠し、世間を欺いた。姉の罪すらすっぽりと嘘で覆ってしまおうとしている。冒頭の人物紹介からしてもう嘘な訳です。そしてその信用できない語り手が本演目の狂言回しである。こんな不安なことはないですよね。

破綻した家族の中でこの姉弟は壊れてしまったのか、それとも元々壊れていたのか、どこからが正気だったのか。気が狂っているよりも、全部が正気であった方が余程恐ろしい。

凄い舞台だったと思います。ひょっとしたらこの演目に「コメディ」と名付けたことが最大の嘘なんじゃないかな。

 

*1:犯罪を題材にしたコメディ