STORY
[公式サイトより引用]
ロンドンの精神病院。
境界性人格障害のために入院していたアフリカ系の青年クリス(章平)は、研修医ブルース(成河)による治療を終えて退院を迎えようとしている。
しかしブルースには気がかりなことがあり、退院させるのは危険だと主張していた。
上司のロバート医師(千葉哲也)はそれに強く反対し、高圧的な態度で彼をなじる。
納得のいかないブルースはクリスへの査定を続け、器に盛られたオレンジの色を問う。
彼はそのオレンジを「青い」と答えた――。
作:Joe Penhall
翻訳:小川絵梨子
演出:千葉哲也
出演:成河・千葉哲也・章平
BLUE/ORANGE 5回ほど観劇。
当初はこんなにも通うことになるとは思わずチケットも1枚しか取っていなかったのですが、気がついたら毎週クロスシアターにいました。
この演目は精神病院が舞台なので専門用語も多く、宗教的な意味だったり、人種差別、社会構造、宗教、権力、精神病などとても多くのメッセージが込められているのですが、そこに押しつけがましさは無く「ただそこにある」そんな演目だと感じました。
コミカルな演出、役者の確かな演技力によって難しい話だと身構えることなく観られるのが良いところだと思います。
表面をなぞりたい方は表面を。中身を味わいたい方は中身を。
切っても割っても潰しても、様々な観点から楽しめる演目で、エンターテインメントとして成立しているのに哲学的でもある。本当に面白い演目でした。
頭の良い方々が沢山考察されていると思いますが管理人はただのAHOなので考察や分析等を求めずに読んで頂けると大変に有難いです。
一番好きなところ
何といっても翻訳が良いです。
とにかく言葉選びが秀逸。
ひとつひとつの台詞、掛け合い、ラストまでの流れ。
戯曲自体がとても良くできているんでしょう。繊細で緻密、思わず感嘆の息が漏れるほど美しくていっそ芸術的でした。
役者さんの明朗な発音や間の取り方も勿論なんですが、音の流れが美しい。
日本語って様式美が沢山ある言語だと思うのですが、いわゆる音の様式美と言いますか、その様式美があることで専門用語が多いという1つのハードルをものの見事に跳ね除けて、とても取っ付きやすくなっていると思います。
かと言って凡庸な表現ではなく魅力的で、蛇足や中だるみもない本当に素晴らしい翻訳でした。
管理人の知る賞賛の言葉に限りがあるのが口惜しい限りです。
翻訳版のテキスト‥出してくれないかなぁ
初見からその後
一幕は全員に共感しつつそれぞれの主張も理解できたのですが後半になるに連れて誰にも共感できなくなってしまって、その不安定さに自身の半生を振り返ったりしていました()
考えてみれば今まで自分の触れてきた作品は作者の意図を感じやすく「こういう風に観客を誘導したい」とか「このキャラに共感してください」という指針がハッキリ見えていたように思います。(またはそう思えるだけの根拠があった)
勧善懲悪ではないグレーな作品の場合でも「グレーを感じさせたい」といった意図が見えると思うのですがBLUE/ORANGEは本当に「ただそこにある」という感覚で、こんなにも強いメッセージ性があるのにエゴを感じないのは逆に怖いなと。
そう思うのは管理人が差別に疎いせいかも知れませんが。
悲しいことを悲しいと知っていることに何の意味があるのかと思ってしまいがちな人間なので(まぁ詭弁ですね)差別や社会構造については本当に疎いです。
でもそういった観た人の内面がダイレクトに反映される演目なんじゃないでしょうか。
今まで管理人は安全圏から作品を観ていたのだなと気がついて自身の中身の無さに愕然とし、演劇に向かう姿勢や今までやこれからの人生を考えるきっかけになったと思います。
影響されること自体は悪では無く、問題は取捨選択できない自分自身であると改めて自省しました。
管理人が成河さんのファンということもあり、ストーリー的にはブルースに共感していたので彼の優しさが面白いくらいのスピードで悪い方向に転がっていってしまうのが辛く、シンプルに「このクソおやじ!※ロバート」と思っていたのですが観劇を重ねた現在ではロバートの主張がより自分の考えに近いのではないかと思っています。
ブルースの主張は優しさ由来ですが優しいことと正しいこととはイコールではなく、ブルースは話し合いと言いつつ自分の意見を通したい・半ば一方的に聞いて欲しいという傲慢で幼稚な部分があり、差別的でなく居ようとするあまり差別的になっているような。
後ナチュラルに人を小馬鹿にする時がありますよね。
ドアが開いていることに気づいて慌てるロバートを見るブルースの顔が最高に小憎たらしい(笑)
未熟で真っ直ぐで自信があって自分が正しいと信じている。若者らしいといえばそうかも知れません。
ロバートは意識的に差別をするけれど、少なくとも作中に限っては差別というより区別だなと感じました。
区別することは事実を把握する上で大切なことだし、自民族中心主義の危険性も文化的先行条件による妄想形成のロジックも理解できる。
仕事としてクリスへの対応は真っ当なものですし、前半の譲歩の仕方からブルースを気に入っていたことも事実で、ちゃらんぽらんではあるけれど悪い人では無いですよね。虚偽の告発をするのは完全にロバートが悪いけど。
一見大人に見えるだけに上昇志向の強さやコンプレックス、執拗で子供っぽい性格は中々に厄介。
ロバートは正しいけれど善良ではなく
ブルースは善良だが正しくはなく
双方どちらも悪人ではなく。
細かいところを言えばもっと頻繁に善悪が反転しパワーバランスが切り替わるのですが概ねそんな印象です。
差別とは何なのか、正常とはどういうことなのか。
それを人が決めるのは人が人を裁くのと同じように不可能なんじゃないかという思いに駆られ、ではどうすれば良いのかというと分からなくて。
互いがそれぞれを正常として丸く収まればそれで良いのですが、それによって害される人たちが出てくる場合はどうすれば良いのか。
世界から戦争が無くならない理由の話か?と目を回しながら観ていたのですがこういうことを考えたり他の人と話ができるのがブルオレの良さですよね。
一方を向けば一方が見えず、一方を掴めば一方を掴み損なう。言っているそばからそれは違うと自分が声を上げるし、誰も正しくないと思考を放棄することもできない。
そういうグレーをとことん楽しめる演目です。
結論を急がずまだまだこの作品に浸かっていたい。
このお話で一番の被害者はクリスですよねー
クリスを中心に話が回っているようでその実医者の2人はクリスのことを全然見ていないので。
場外乱闘のシーン、大好きなんですがあんなにも患者が放置されることってある?(笑)
3人の内で最も中立であるのはクリスでしょうか。いやそうでもないのかな。
管理人は最初から最後までクリスの視点に立つことは難しく、今でもあまり分かってはいないのですが観劇を重ねるごとにクリスのことがどんどん好きになりました。
突飛な行動を繰り返し支離滅裂なことを言うクリスが唐突に普通のことを言うのが非常に好きで、それは幼い子供から突然気づかされる世界の不思議や美しさに似たものがあるというか。(この発言中々にマウント感が強いなと思うんですが)
キラキラした目だったり時折子供言葉になるのが可愛くて仕方がないです。
「あんたって口の上手いガキんちょみたいだな」
「俺なんて言った?」
「何あんた芸術家さん?」
「傷ついたよ?」
「失礼だろ?」
このあたりの発言がとても好き。
オレンジの皮について
ブルースがオレンジの皮を食べるシーンについて、あれは通常オレンジの皮は食べないことを前提とした皮肉だと思っていたのですが
『ブルースは実際にはオレンジの皮を食べていなかったのではないか。オレンジの皮を食べるブルースとオレンジの果肉を食べるロバート。この2人の大きな認識の違いを視覚化したものなんじゃないか』と考察されている方がいて目から鱗がボロボロと落ちました。
だって何この素敵な考察!!精神構造がお洒落!!もはや身体に刻みたい!!
それに比べてあれは皮肉だなと真っ先に思った自分の捻くれた感性よ!(同じように感じていた方、突然巻き込んで貶してすみません)
この方の考察を念頭に置いてこのシーンを観るとまた違った見方ができてとても面白かったです。
ついでに自分もオレンジの皮を実際に食べてみたのですが、甘くて意外に食べられる‥と思いきやその後の苦みと何よりエグみが宜しくなかったですね。
これを36公演食べ続けた成河さん本当にお疲れ様でした。
因みにオレンジの皮を食べ続けると舌が痺れてきますので試される際は程々で切り上げることをお勧めします。
ラストシーン
ウォーターサーバーの音、管理人は戦いのゴングだと思っています。
公演の最初の方はブルースが笑顔でオレンジを食べてそのまま暗転だったのですが暗転の瞬間にぎらついた目をするようになって、これは一戦始まるなと。
ただ戦いと言ってもどちらかが敗者になり決別するような戦いでは無く、今度こそ2人で一緒に歩き出すための前哨戦です。
あれだけ好き放題言い散らかして、それでも同じテーブルに座るって凄くないですか?
管理人の価値観ではあまり考えられないです。
ブルースが大人の狡さを身につけてロバート以上にやっかいな人間になるんじゃないかと思うとワクワクします。
疑問が残るのはクリスですね。
章平さんは『またすぐに病院に戻ってくるんじゃないか』と仰っていたので自分もそう思いたいです。
個人的にはロバートの言う通りそれほど精神を病んでいるようには見えないので元気に暮らしていってくれたら良いなと思うんですが。
次にまたクリスが病院へ来たとしたら、ブルースはどんな対応をするのでしょうか。
好きな台詞と場面
・「そっか、ごめん」
ブルースの両肩をぼふっと叩くクリス
・人格が分裂することに関して両手でお喋りのジェスチャーをするブルース
・クリスの病名に関して話し合うシーン
「あいつは境界性人格障害でちょっと狂ってる」「先生?」
「じゃああいつは境界性人格障害で少しアル中、たまにパーティ三昧」「先生!?」
・ロバートが酒屋の店員について話すシーン
「あいつはただああなのか?それともただ不愛想なだけなのか?それともあいつの文化圏ではどうももありがとうございましたも習慣として無いのか?」
・テーブル上で喋るロバートとカルテを広げるクリス
医者と患者の立場が完全に逆転していて、余裕をもったクリスの笑顔も可愛い。ロバートに椅子を勧めるのも好きです。
・クリスが椅子を引き寄せ座っていたロバートが落ちるシーン
・場外乱闘
取り残されてきょとん顔のクリス、話しながらカツカツ歩き回るロバートとロバートの後をついて回って床に膝をついたり懇願気味のブルース。
・「わーお」
軟体動物みたいな動きをするブルース
・「あんたを全面的に信頼してた。だから家にも招待したんだ」の「だ」
・場内乱闘
テーブルを飛び越えるクリスと潜るブルース、乗り越えようとしてできないロバート。左右からクリスににじり寄る2人。クリスにふっ飛ばされて転がる2人。ふっ飛ばされた時に最初は倒れるだけだったのに中盤から完全に後転していましたね。
・泣くブルースとよしよしするクリス
ティッシュを渡す→鼻をかむ→ポイ捨て。やはりクリスの余裕を持った少し得意げな笑顔が好き。
・ぶち切れるブルース
言葉の激流。この量の台詞をこれだけの熱量で話して明朗に聞き取れるんだから本当に凄い。台詞を浴びるって表現は成河さんのためにあるのだと思います。
・まともなことを言うクリスと正気に戻ったブルース
「なんであんなこと言うんだよ」「ごめん」
「あんたさっきと全然違うじゃん」「つい‥カッとなって」
「変だよ?」「確かに」
・オレンジの皮を食べるブルース
目の光をオンオフできる成河さん。成河さんって目の中にライト内蔵してます?
気になること
・クリスのネックレスが変わったけれど何か意図があったのか。
金色のネックレスからドクロ+黒ベースに金のパーツと黒い石(?)の2本づけになっていた。いつから変わったんだろう。ご存知の方はぜひ教えてください。
・ウォーターサーバーの水の量。
いつも2/3程度の量だけどどうやって調節しているのか。あれって補充できない構造だよね?いやメーカーによってはできなくも無いけれど大変なやつ。毎回新しいボトルを開けてあの量まで減らしているとしたらそれもそれで大変そう。
・千穐楽でブルースの時計が変わっていた件。
今までは茶色のベルトだったけれど千穐楽では黒のベルトの時計になっていましたね。壊れちゃったんでしょうか。
・ロバートの「私が敬語を正しく使える人間だったら」という台詞、とても日本的な表現で戯曲ではどんな風に書かれているのか気になる。
・冒頭のブルースの台詞、何度目かの「座って」という台詞が「腰、おろして」に変わった。
話し言葉としてあまり一般的では無いというか、「どうぞ腰をおろしてください」という言い回しは良く聞くけれど、タメ口であの距離感で「腰、おろして」という言い方は少し気になった。
他の人に意見を求めたところ『2人の関係性がまだ分からない冒頭だからこそ、他人行儀な言葉に変えることで2人の距離がそれほど近くないということを伝えたかったんじゃないか』という見解を頂き納得したのですが実際の所はどうだったんだろう。
スタンディングオベーションについて
管理人が知る限りブルオレでのスタンディングオベーションは千穐楽しかなかったと思うのですがちょっと言い訳をさせて欲しい。(誰に?)
演目に夢中になり過ぎてスタンディングオベーションというシステムを完全に忘れていました。
普段怒りを覚えるほどの公演でなければ周りの雰囲気に合わせて立ったりもするんですが、あんな演劇の原液みたいなものを摂取してすぐに周りを見られるほど強靭な精神力は持ち合わせていないんです。
というか皆さんもそうでしたよね?
凄いものを観た時って人間咄嗟に動けないんですよ。
だから千穐楽で立てたのが本当に嬉しかったんですが、千穐楽以外が良くなかったとかそういう事は絶対にありえませんからね??
(無いとは思いますが1ミクロンでも気にされている方がいたらと思うと気になるので一応書いておきました)
最後に
本当に良い公演だった‥本当に。
役者さんがとても大変なことは分かっているので終わったことにホッとしつつ、できることなら365日1日1ブルオレしたい人生でした。
この公演が7800円なんですよ?信じられます?いや信じられない(反語)
タダどころじゃなくておつりがATMごと返ってきますよ。
まさしくお金を払う価値のある公演でした。
自分が価値があると思えるものにお金を払えるって素晴らしい。
自分は表現者にはなれませんがちゃんとした消費者になりたいのです。自分が価値があると思うものにお金をかけて、できればそれが後世に残れば良いと思います。大切に守って受け渡して。微々たる力ですが。
改めて、36公演本当にお疲れ様でした。
またいつかこの演目に出会えることを願って。
アフタートークショーのレポはこちらから↓